――ガラス・テーブルウェア手造りの町工場から、4カ国に、6社・7工場を展開する多国籍グループを経営するに至った成長企業の話――
この会社の驚異の成長については、既にFeve news Feb.’06に掲載されたので、海外情報2006年6月に、「Yioula Glassworks ギリシャのファミリー企業から多国籍企業へ」の表題で採録した。今回、Glass International誌June号が“Once a small maker is now multinational”の大見出しで、その起業から現在に至った歴史を掲載したので、夏休みの読み物として抄訳した。
<起業>
創業者Kyriakos Voulgarakisは、1914年生まれ。第2次大戦中、11才でガラス工場の職工として働き始めた。1947年、弟と共にGlassworksを起業した。小窯・人工で、テーブルウェアからミニチュアびん・カップ等へ種類を広げた。1950年、現在の本社の地へ移転。1958年、会社組織。1968年自動化。1980年、ギリシャ最大の製びん会社になった。創業者は亡くなるまでChairman。現在は長男が継承、その双子の弟がgroupのmanaging directorを勤める。
<拡大・国際化へ>
買収による拡大は、1993年、国内のテーブルウェア会社Coronosの工場買収から始まった。2004年、この会社を併合した。
国際化は、1997年と1999年に、ブルガリアの2社Stind社、Drujba社をグループに入れた時に始まった。この2社は2004年に統合された。2003年にはルーマニアのStirom社をグループ化した。ウクライナは、拡大のターゲットとして魅力の市場であった。2005年に、この国のBiomedsklo社・Bucha Glassworks社が、グループの新入生となった。前者は、バイアル・アンプル・血液用等の医療ガラス容器を、後者は型板ガラス製造の設備を持つので、グループの事業領域を拡大することとなった。
<グループの現状>
4カ国に6社を展開。
生産設備:7工場・15窯・49ライン
年産能力:ガラスび20億本・テーブルウェア1.25億個・医療用ガラス容器12千t・型板ガラス65万平方メートル
(Glass international誌June’07, 及びYioula Glassworks社ホームページ)
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